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東京大学アタカマ天文台 (TAO) 計画

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近赤外線エシェル分光観測装置NICE チリ出荷にむけて準備中

NICE(Near-Infrared Cross dispersed Echelle spectrograph)はTAO望遠鏡にファーストライト用として搭載される予定の近赤外線エシェル分光観測装置で、2000年に天文学教育研究センターで開発されました。0.9〜2.5μmの近赤外線帯を観測波長とし、分光素子としてエシェル回折格子+クロスディスパーザーを採用した、波長分解能2600の分光装置です。分光だけでなく、J、H、Ksバンドの撮像も可能な観測装置となっています。

NICEは、これまでに国立天文台1.5m赤外シミュレータや北海道大学1.6mピリカ望遠鏡に搭載され、 様々なタイプの恒星や金星などの近赤外分光観測を行ってきました。例えば、炭素星や、黄色超巨星、Wolf-Rayet星といった恒星に対して近赤外線分光観測を行う事で、恒星の有効温度を決定したり、質量放出の様子を明らかにしてきており、その他金星観測では、近赤外分光観測と他の波長の観測結果大気モデルを併せて考えることで、分厚い大気の構造や運動などの物理状態の解明を進めています。

大気透過率が高いTAOサイトでは、0.9〜2.5μmの近赤外線波長帯において切れ目ないデータ取得が可能となる事から、これまでの研究以外にもより多くの研究が一層進む事が期待されます。

2018年のピリカ望遠鏡での観測運用終了後から現在まで、NICEはTAO6.5m望遠鏡第一期観測装置として改修、 開発が進められています。NICEは小口径望遠鏡用に製作された観測装置であったため、大口径TAO6.5m望遠鏡・最新システムへの搭載・接続には、装置のソフトウェア、ハードウェアの改修、最適化が必要です。今回はそんなNICEの近況をお伝えします。

NICEをTAO6.5m望遠鏡へ搭載するには専用取付装置(図1)や、光学系に合わせた分光スリットの製作が必要です(図2)。図1は専用取付装置で、小型観測装置である NICEをTAO6.5m大型望遠鏡のナスミス焦点に取付を行うための装置です。形状は高さ約2m、下枠約2m角、取り付け部が約2mの円形状になっています。アルミ合金と鋼製で構成されており、重さは約600kgとなっています。NICE以外の持込み小型装置も取り付けられるようになっています。

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▲図1:(左)小型観測装置をTAO6.5m大型望遠鏡にとりつけるための専用接続装置。NICEはこの内側に取り付けられ、TAO望遠鏡のナスミス焦点に接続される。(右)TAOナスミス焦点に取付られた専用接続装置と、それに取付けられたNICEの概念図。
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▲図2: 新調したスリットミラー。図の下部から望遠鏡の光が入射し、図の上部方向に反射した光は可視カメラスリットビューワへ入射する。一方スリットミラー中心に見えるスリット穴へを通り抜けた光は装置内部のエシェルグレーティングとクロスディスパーザーで分光され、最終的に近赤外検出器で受光する。

新しく製作したスリットは、アルミニウム鏡に銀と保護膜コーティングを施し、後述する可視カメラスリットビューワの可視領域での反射率も向上させています。初回製作時にはスリット表面に洗浄跡が見られ、光学性能への影響が懸念されたため、再製作を行い、問題がない事を確認しました。また天体のフラックスを較正するための撮像用光学フィルターである、J、H、Ksの3種類の標準フィルターを新しくインストールしました(図3参照)。

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▲図3: 新しいフィルターがインストールされたNICEのフィルターホイール. 近赤外線での標準光学フィルターである, J, H, Ksバンドフィルターが搭載されている.

ソフト面では、TAO望遠鏡システムを用いた観測運用制御方法の検討等を行っています。NICEはスリット分光装置であるため、天体をスリットに導入する必要があります。天体からの光がスリットにきちんと入っているかどうかの確認のため、天体のスリット導入には、装置に付属したスリットビューワが用いられます。スリットミラーの反射光をスリットビューワでモニターし、スリットを通過した光を分散させて近赤外線検出器で検出する仕組みになっています(図2参照)。

またこれまでのNICEの制御はwindows2000で行われてきました。このままでは最新のTAO観測所のシステムに組み込んで観測を行う事ができないため、制御系をLinux系に全て一新しました。この改修の結果、TAO観測所システムを通じ、観測装置のほぼ全てを遠隔から制御する事が可能になっています。

ところでNICEの検出器とスリットビューワの波長帯が異なっているため、観測天体の高度に依存してスリット上での各々の見かけの位置が僅かにずれてしまいます。これは大気中の光の屈折率が波長に因って異なっていることが原因です。この効果を一般に大気分散と呼んでいますが、TAOサイトにおけるNICEの場合、可視・近赤外線の両者の見かけの位置の差は最大で約1秒角(高度約20度の場合)となるため、実際の観測ではこの効果を補正する必要があるのです。これらの検討の他にもNICEの観測で必要となる制御法の洗い出し、改修・修正・実装を行っています。

また、装置性能評価実験を踏まえ、実際の観測時間などを評価するためのツール(Exposure Time Calculator: ETC)の作成やデータ解析のためのパイプラインの作成、観測計画の立案も同時に進めています。

このように現在はTAO望遠鏡への輸送や観測に向けて着実に準備を進めています。TAO望遠鏡でのファーストライトまであと少し、今後の研究成果にもご期待下さい。

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