TAO Project Website Top

東京大学アタカマ天文台 (TAO) 計画

SolarTAO Project Website Top

TAO蒸着装置の性能評価試験報告

蒸着装置とは?

天体望遠鏡は、天体からの光を集め、それをセンサーに集約させて、様々な物理状態を明らかにする集光器の役割を果たします。天体からの光は非常に微弱なため、できるだけ効率的に(無駄なく)光を集めることが重要になります。従って光を集める鏡やレンズは反射率や透過率を高くする必要があります。特に、TAOのような反射望遠鏡の場合は長期に渡る観測によって鏡の表面が汚れたり、腐食することで反射率が低下します。そこで定期的に古くなった反射膜を剥がし、新たな反射膜を生成する必要があります。その役割を担うのが蒸着装置です。

蒸着装置は鏡が丸ごと入る真空容器(チャンバー)をメインとして、その中を高真空にする真空ポンプや鏡表面を電離ガスで綺麗にするイオンボンバード装置、金属膜を予め含浸させたフィラメント群、さらにそれらを制御するための制御装置などから成ります。TAO望遠鏡の場合、主鏡は主鏡セルから取り出されることなく、蒸着チャンバーにサンドイッチされる、つまり主鏡セルが真空チャンバーの一部として用いられるという特徴があります。

TAO
▲ TAO6.5m用蒸着プラントの観測運用棟内での配置図

蒸着試験の概要

蒸着プラントの各パーツは国内外で製作されました。メインの蒸着チャンバーは製造元で形状や真空容器としての機能などの構造チェックを受けたのち、蒸着総合試験場所である横浜に移送されました。他、真空ポンプや制御装置なども完成後、続々と横浜に集結し、2020年前半に、これらコンポーネントの設置、設計案を基にした配管・配線接続を行い、各装置の起動・基本動作試験および、蒸着システムとしての総合試験が行われました。(概要については2020年4月15日の記事を参照ください。)

今回の記事では、その試験結果の詳細について解説します。試験内容としては、(1)真空チャンバーとしての到達真空度、到達時間の測定、(2)鏡洗浄後蒸着直前に行われる鏡面上の酸化膜の除去、分子レベルの洗浄のためのイオンボンバードに必要な封入ガスの選定、電流・電圧の最適パラメータ導出、(3)金属蒸発時の印加電流・電圧値、印加のタイミング、継続時間などの最適値の導出などです。

TAO
▲ 蒸着総合試験の様子

真空試験

蒸着においては真空度が高ければ高いほど膜の密着度が上がり、反射率も高くなることが知られています。可能な限り、また短時間での高真空を実現するために、4台のロータリーポンプ、4台のターボ分子ポンプ、4台のクライオポンプをハイブリッドに使用することで、イオンボンバードが可能な真空度は1時間以内、蒸着可能な真空まで半日かからずに達することが確認されました。

TAO
▲ 真空度試験結果(Takahashi et al. 2020より引用)。真空引き開始からの時間とチャンバー内の圧力(真空度)を示した図。イオンボンバード可能な真空度達成後(<1時間)、イオンボンバードを行なっているため、一時的に真空度が上がっています(40分〜2時間)。 約6時間に蒸着が開始されたことがわかります。なお、主鏡が入った状態では、チャンバー上部とチャンバー下部は真空分離蓋とインフレータブルシールで、高真空と低真空に分けられます。

イオンボンバード試験

蒸着試験は、主鏡の曲率を模したサンプル台が下部チャンバーに設置され、計27枚のサンプルガラス(対称性を考慮し、直交する直径に渡る2軸と、90度の範囲のみにサンプルガラスを配置)で108箇所の成膜モニタリングを行いました。蒸着後はテープテストによる膜の密着強度、サンプル鏡の膜厚・反射率の測定などが実施されます。蒸着の一連の作業の中で、イオンボンバードという工程があります。これは、チャンバー内に封入されたガスをイオン化させ、そのイオンを電極にかけた電圧差で鏡面に叩きつけることで、鏡表面上の微小な汚れや、酸化物を除去する工程です。この工程が上手くいかないと金属膜が鏡にしっかりとつかず、蒸着後に剥がれてしまう可能性があります。今回のイオンドンバードテストでは、最終的にすべてのサンプリング箇所でテープテストをクリアするボンバードパラメータを得ることができました。因みに使用するガスは最終的には酸素が選択されています。

TAO TAO
▲(左)チャンバー内に配置されたサンプルガラス。(右)イオンボンバード時のチャンバー内の様子。酸素がイオン化して白っぽく光っている様子が見えます。

蒸着試験

TAOの蒸着装置では147本のフィラメントを4系統の電源で制御します。フィラメントに含浸しているアルミニウムを効率よく、均一に蒸発させるために、プレヒーティング、第一発火、第二発火の3回に分けて電流(電圧)を印加して、蒸着が実行されます。複数回の蒸着試験の結果、膜厚はやや厚めの箇所があるものの最低でも100nm以上あり、赤外線波長での観測には問題ない値となりました。また、アルミ含浸量を内周と外周で異なる値のフィラメントを配置することで、膜厚が一定の範囲内に収まることを確認しました(下図)。

TAO
▲ 蒸着時の様子。チャンバー内には希薄なアルミニウム蒸気が充満しています。
TAO
▲ 複数サンプル箇所での膜厚分布(前述のようにサンプルガラスは27枚で、測定箇所は108箇所)。ほぼ想定した結果が得られていることがわかりました。(Takahashi et al. 2020より引用)
TAO
▲ 反射率の測定結果。仕様値を十分に満たしています(570ナノメートルおよび900ナノメートルより長波長で90%以上)。

この試験の後、蒸着プラントは解体・梱包され、チリに向けて出荷されました。約1ヶ月の船旅を経て、無事にチリに到着、現在はチャナントール山麓5000mベースとカラマの倉庫に分けて保管されています。観測運用棟の完成を待ってから、他に開発された洗浄装置設備とともに、いよいよ山頂への設置へと進みます。その後は遂に宇宙からの光を集めるべく、6.5m主鏡への蒸着を開始します。


なお、これらの結果は以下の集録にまとめられています。
Takahashi et al., 2020, SPIE 11445, Ground-based and Airborne Telescopes VIII, 1144564

Copyright(c) 2022 東京大学大学院理学系研究科 TAO計画推進グループ
当サイトについて