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東京大学アタカマ天文台 (TAO) 計画

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チャナントール山の地質調査〜凍土の存在に迫る〜

建築物と凍土

凍土層は建築を行う上で、非常に厄介な存在です。例えば、高緯度地域のシベリアやアラスカには広く凍土層が広がっており、その上に街が拡がっている地域があります。そのような街では、大きな建築物の重さや熱、外気による冷却効果の低減により、直下の凍土が溶け、建物の基礎が歪んだり傾いたりすることがあります。最近では温暖化が原因で凍土層の融解が進み、そのような被害が起きているという説もあります。これは正確には、凍土層の熱収支が崩れることで発生する現象です。建物がない場合は(或いは気温が低いままだと)、地上の冷気で地中も冷やされますが、凍土層の上に建物が建てられることで寒い時期(あるいは夜)に冷やされる効果が減り、逆に建物で発生する熱が地中に伝わります。つまり凍土層にとって熱的にはプラス(熱の過剰状態)になり、いずれ凍土層は融解していくのです。そのような場合は、ヒートポンプを設置して、地上の冷たさを地下に送ることで凍土層が融解しないような対策を講じたりします。このように凍土の上への建設は事前の詳細な調査が必要になるのです。

天文台建設場所としてのチャナントール山の特徴

天体望遠鏡はその架台がしっかりと大地に設置されている必要があります。特に大型望遠鏡になればなるほど、土台設置の強度と精度が必要になります。また望遠鏡だけでなく、TAOの設備として望遠鏡を格納するエンクロージャーや観測運用棟は大きな建造物になるため、しっかりとした地盤でなければなりません。そのため、山頂がどのような地質の地層になっているか、その厚さはどうなっているのかという情報は、長期にわたって運用する観測所にとって、建築上非常に重要な要素になります。また、TAOプロジェクトでは主鏡や蒸着チャンバーなどの大型物品を山頂に運ぶため道路拡張工事を行なっていますが、その途中には凍土層そのものや凍土由来と思われる氷が多く露出しています。これらを軽視して道路拡張を行うと、わずかな熱環境の変化でも長期的に見ると、土壌や壁・道路の崩壊を招く危険性があります。

TAOやALMAは南緯23度と南回帰線直下にあるものの、望遠鏡が設置されるチャナントール山頂は5600mを超える標高です。冬季は登頂を拒む積雪もあります。そのため、地盤の中に氷の層が存在する可能性が指摘されました。世界各地の大型望遠鏡に目を向けると、永久凍土の上に建っている天文台はなく、TAOは非常にレアケースであると言えます。世界有数の観測サイトである標高4200mのハワイ・マウナケア山頂でも、天文台設備の直下には凍土は存在しません。

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▲ 北回帰線と南回帰線の間にある高い標高の熱帯の山々

また、チャナントール山頂はちょっと厄介な気候環境にあります。日本など四季がはっきりしている地域では最高気温と最低気温は季節変化として現れます。つまり一年で一番暑いのは夏で、一番寒いのは冬です。しかしチャナントール山頂はその地域性(砂漠気候と標高)から、季節による年変化が小さく、夏季と冬季の最高最低気温の違いが大きくありません。それとは逆に日変化が非常に大きくなります。冬季でも日中の気温は10度近くまで上がることがあり、夏季でも夜間は氷点下になります。特に地面は日射の強さと放射冷却の効果から、その温度差は大きくなります。

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▲ miniTAOドーム近くの約1ヶ月の土壌の温度変化。表面は日変化が大きく、地中ではほぼ温度変化がないことがわかります。(熱伝達深度(active layer)は~50cm程度)

チャナントール山の凍土調査

そのような状況を鑑みて、TAOではチャナントール山の凍土の状況を把握するための地質調査が行われました。5000m付近から山頂までの道路工事で掘削された岩石や壁面の詳細検分を行ったり、山頂でボーリングを敢行、土壌サンプルを取得し、地中のどの層に氷がどのくらい含まれるか(含氷率)を調査するのです。特に山頂では望遠鏡ピア部分を中心に10数カ所、地下10数mのコアを取り出し、地層の精査を行いました。また、地表から地下深くまでどのような温度分布になっているかも重要な情報です。深度による温度分布がどのようになっているか、場所によってそれがどう違うか、またその温度分布の日変化・季節変化を追うことで、土壌での熱収支を推定することができます。

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▲ ロックドリルを使った山頂の土壌調査(掘削)の様子(左)。深さ毎に採取したサンプル。採取直後と乾燥後に重量を測定することで、含まれる水分量を推定します(右)。
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▲ エンクロージャー付近の土壌掘削の結果の一例。サンプルの質や色などから、また含水量などから深さごとにどのような層なのか推定できます。

そのような調査の結果、アクセス道路や山頂の地盤についていろいろなことがわかってきました。まず第一に、永久凍土は標高5100〜5200mくらいから出現しだすという結果です。これはこの緯度での凍土の下限高度がちょうどALMAとTAOサイトの間の標高になる、つまりTAOだけが建設的に難しいということになります。 他には、5500m以上の堆積物の多くに表層貫入氷が分布していることや、西側斜面では塩類風化が進んだ場所が多く見られることがわかりました。これらが一旦融解すると岩盤崩壊につながる恐れがありますが、場所が限られており、新しい温度勾配に安定するまでに数年〜10年の時間がかかるため、今後注視しながら運用していくことになります。

山頂では、サンプルに貫入氷が見られたり、永久凍土層があるものの建設に大きな支障となる氷層(含氷率の高い層)はなく乾いているという結果でした。大きな建設物による日射の遮蔽や排熱による熱環境の変化が生じることが考えられるため、温度の長期的なモニターの必要はあるものの、今の建築設計・施工は問題はなかろうということになりました。このような結果を受け、山頂の観測所建設は次のステップへと進むことができました。

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▲ (左)道路壁に出てきたアイシング氷。地下水のオーバーフローおよび活動層内で積雪の融解水が伏流して、地表に滲み出た時に再凍結します。(右)砂礫層の中に存在する氷。多くは表層付近に分布。
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▲ (左)透水係数の低い溶岩層のボーリングコアサンプル。(右)透水係数の高い層のサンプル。

ところで興味深い発見として、ちょうどエンクロージャーの真ん中辺りを境に、西側の一部に細かな氷を大量に含む粘土質の湖底堆積層(厚みは2m程度)が見つかりました。これは過去にそこに水が溜まっていたことを示しています。今回の調査で、過去のチャナントール山の歴史の一部を垣間見ることができたことも成果の一つと言えます。

チャナントール山頂は凍土研究において世界的にも貴重で興味深いサンプルフィールドであり、長きに渡ってTAOが運用されることから地球温暖化モニターとしても有用です。その他にも、新しい調査・観測によってこれまで見えていなかった地下の様子が多く明らかになりました。新しい事実がわかってくるという面白さは、天文学を含むあらゆる自然科学の研究に共通する醍醐味と言ってよいでしょう。


今回の調査では、凍土研究の世界的な権威であるアラスカ大学の吉川謙二教授に凍土の基本や世界の凍土事情の講義、実際の調査におけるボーリング実施時の指導、土壌改善の施工方法の指南に至るまで、多大なご協力を頂いています。この結果は、共同研究として今後極地環境における観測所設置の参考資料にするべくまとめていくことになっています。

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▲ 山頂で温度センサーを設置する吉川教授。
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