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東京大学アタカマ天文台 (TAO) 計画

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TAO望遠鏡の観測装置開発に関わる修士2名が誕生しました!

現在開発中のTAO6.5m望遠鏡に搭載する観測装置「近赤外線多天体分光カメラSWIMS」および「中間赤外線装置MIMIZUKU」の主要開発メンバーとして活躍されていた、東京大学理学系研究科天文学専攻の寺尾さん、毛利さん2名が修士号を獲得しました。彼らの二年間の努力が詰まった研究成果をご紹介します。

近赤外線2色同時多天体分光撮像装置SWIMSの検出器システム開発


東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 修士課程
寺尾 恭範

 私は修士課程の2年間で、近赤外線観測装置SWIMSの検出器システムの開発および評価を行い、その結果を修士論文にまとめました。SWIMSはTAO6.5m望遠鏡の第1期観測装置で、近赤外線を0.9−1.4 μmと1.4−2.5 μmのふたつの波長帯に分割して同時に観測することができます。分割された近赤外線はそれぞれ別の光路を通り、焦点面に搭載された検出器上で結像します。広視野、高効率の観測や面分光モードの搭載といった特長により、様々な観測を実現して多くの科学的成果をもたらすことができると期待されています。

 SWIMSに搭載されている検出器はHAWAII-2RG検出器(以下H2RG)というもので、短波長側と長波長側にそれぞれ2台ずつの計4台が搭載されています(将来的には4台ずつの計8台)。広い視野を同時に観測するために、4台の検出器を同時に動かすことが要求されます。H2RGにはWindows上で動作する専用ソフトウェアがあり、1台のH2RGにつきひとつの専用ソフトウェアを用いて制御を行います。一方で、SWIMS全体は1台のLinux PCによって制御されるため、全体のシステムに組み込めるような形でH2RGの同時駆動システムを構築する必要があります。私たちはLinux上でWindows仮想マシンをH2RGの台数分立ち上げ、ソケット通信を用いて専用ソフトウェアに駆動コマンドを送信することにより、SWIMS全体のシステムに組み込める形でH2RGの同時駆動を実現しました。

 しかし、観測装置の検出器はただ動けばいいというものではなく、実現したい科学観測において要求されるノイズ性能を達成しなければなりません。地上の観測装置であるSWIMSの場合、暗電流と読み出しノイズが背景光のポアソンノイズよりも小さいことが求められます(このような状態をバックグラウンドリミットと呼ぶ)。暗電流というのは検出器半導体内の熱運動によって励起された電子に起因するノイズで、読み出しノイズは読み出しの際に回路内で生じるノイズです。複数台のH2RGを同時に駆動した場合、1台だけ駆動したときよりも読み出しノイズが3倍以上増加してしまうことが判明しました。この原因はH2RGの読み出しに用いる回路を接続するケーブル同士の干渉であることがわかり、ケーブルにシールド加工を施すことで改善しました。また、同時駆動時にはもうひとつ読み出しノイズを増加させる要因があり、こちらはH2RGの駆動パラメータを変更することで解決することができました。以上により、SWIMSに要求されるノイズ性能を達成する検出器システムを完成させました。

 観測装置の検出器というものは、利用する立場で考えると正常に動いているのが大前提であり、今回私が行ったノイズの解消はいわばマイナスをゼロにするようなものだと考えています。ノイズ増加の原因は見当もつかないところに存在していることがあるので、思いつく限りの試行錯誤を繰り返す必要があります。これまでの検出器試験を振り返ると正直なところ楽しさよりも辛さの方が勝っている気もしますが、頑固なノイズパターンがようやく消えたときには、星ひとつ写っていない画像を見て喜びを感じるという忘れがたい経験をすることができました。将来SWIMSを使って私が興味を持っている遠方銀河の観測研究ができればもっと嬉しいに違いないので、博士課程の3年間ではすばる望遠鏡でのSWIMS試験観測を成功させるとともに、将来に向けたサイエンスの成果を多く出していきたいと思います。

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▲検出器取り付け作業の様子。右が筆者

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▲検出器複数台同時駆動時のノイズ画像(光を入れずに取得した画像)

次世代中間赤外線装置における低温チョッピング実現に向けた超伝導リニアモーターの開発


東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 修士課程
毛利 清

 TAOプロジェクトでは現在、SWIMSとMIMIZUKUという2つの第1期観測装置の開発が行われていますが、私の修士論文は、MIMIZUKUの低温チョッピングという機構に使う超伝導リニアモーターを開発したというものです。MIMIZUKUで観測する光は、星などの宇宙の遠くにある天体だけではなく、大気や地面、さらには人といった、地球上で普段生活する環境からも放出されているため、天体からの光だけを抽出する必要があります。この抽出に用いるのがチョッピングと呼ばれる技術です。具体的には、まず天体の光を観測した後に鏡を素早く動かして見る方向を変えることで、その時の大気などから放出された光だけを観測します。次に天体のデータと大気などのデータを引き算することで、ちょうど天体から出た光だけが残るという仕組みです。チョッピングと呼ばれる理由は諸説ありますが、英単語の"chop"には細かく刻むという意味があり、鏡を素早く動かすようすが細かく刻んでいるように見えることから、"chopping"(チョッピング)と呼ばれるようになったようです。

 従来の中間赤外線観測では、望遠鏡にとりつけた副鏡を動かすことによってチョッピングが行われてきたのですが、望遠鏡が大きくなるにつれ副鏡を素早く動かすのは困難になってきました。例えば、口径8.2 mのすばる望遠鏡では副鏡の大きさが1.3 mもあり、鏡は1秒に1回までしか動きません。口径30 mの次世代望遠鏡だと、副鏡の大きさが3.1 mにもなるため、早く動かすことはほぼ不可能だと考えられています。そこで、装置の中の鏡を代わりに動かす、装置内チョッピングという手法が研究されています。中間赤外線の装置では、鏡自体からの光が出ないよう、-253℃以下まで鏡を冷やしています。そのため装置内チョッピングは、低温チョッピング、冷却チョッピングとも言われています。低温チョッピングに関する今回の研究は、TAOプロジェクトのMIMIZUKUだけでなく、30 m望遠鏡に必要となる次世代の基礎技術の実証という、挑戦的な側面も持ち合わせています。

 低温チョッピングはその名の通り、-253℃以下という低温環境で行われますので、発熱を小さくすることが非常に重要です。今までの技術では発熱を抑えつつ鏡を動かすことは困難でしたが、今研究では、ニホウ化マグネシウム(MgB2)という超伝導物質を用いることで、発熱が従来の1/10に抑えられることを示しました。実際に使用可能かについては実証試験を待たなければなりませんが、困難であった低温チョッピングの実現に大きく近づきました。超伝導物質の使用にあたっては、東京大学大学院新領域創成科学研究科の大崎博之教授のご協力をいただきました。超伝導というと天文学とは全く関係がなさそうに感じられるかもしれませんが、このような他分野との連携・協力は、着実に成果を上げており、私自身も多くの良い刺激を受けることができました。今後も他分野との連携・協力を深めることで、より良い観測装置が出来上がる日を心待ちにしています。

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▲ エジンバラで開催された天文装置の国際学会SPIEにおいて発表する筆者

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▲ 筆者が設計・製作した超伝導リニアモーター

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