背景
地球に接近する軌道を持つ小惑星を地球接近小惑星(Near earth asteroid)と呼びます。地球接近小惑星は地球に近づいた時にタイミング良く観測をすると直径10メートルサイズの小さなものまでも観測できる利点があります。このような小さな小惑星はリュウグウのようなより大きな小惑星の構成要素(1枚岩のようなもの)と考えられており、小惑星の形成過程やひいては太陽系の惑星の進化過程を解明する上で重要な天体とされています(図1)。 地球接近小惑星は地球に衝突して人類の生活に影響を与え得る危険な天体でもあります。実際に2013年に小惑星がロシアのチェリャビンスクに落下し広範囲にわたって人的被害をもたらしました。1908年にはロシアのツングースカで広範囲の樹木がなぎ倒されました。いずれも直径10メートルから50メートル程度の小惑星が原因と考えられています(図2)。一方で落下地点が事前にわかれば避難することで被害を最小限に抑えることも可能です。そのため地球接近小惑星は監視を重視すべき天体とされています。このような取り組みをプラネタリー・ディフェンスまたはスペースガードと呼びます。 小惑星はサイズが小さいほど多く存在することが知られています。そのため、現実的に衝突する恐れのある「小さな」小惑星の発見が重要となります。地球に衝突する恐れのある(=月軌道の内側を通過する)小惑星は、1年間に50件程度が確認されていますが、実際はそれよりもはるかに多い数が未確認のまま通過していると考えられています。
図1. 2019年2月に探査機はやぶさ2がタッチダウンに成功した小惑星リュウグウの表面に見える10メートルサイズの岩塊(画像提供:JAXA/東京大/高知大/立教大/名古屋大/千葉工大/明治大/会津大/産総研)
図2. (左)チェリャビンスク州の小惑星落下の写真 (右)ツングースカ大爆発の写真(画像:Wikipediaより)
木曽トモエゴゼンによる広域探査
木曽観測所は東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター(東京都三鷹市)が運用する天文観測施設です。広い視野を特長とする口径105cmシュミット望遠鏡が主力望遠鏡です(図3左)。 105cmシュミット望遠鏡の観測視野は日本が保有する他の望遠鏡を圧倒しています。 現在、木曽観測所では105cmシュミット望遠鏡の広い視野(直径9度、焦点面にて直径52cm)のすべてを84個のCMOSイメージセンサで覆う超広視野高速カメラ「トモエゴゼン」の開発を2019年5月完成予定で進めています(図3右)。トモエゴゼンは同型の4台のカメラユニットからなります。トモエゴゼンを105cmシュミット望遠鏡に搭載することで、広視野の動画観測において世界最高感度を達成します。2018年3月13日には3台目のカメラユニットが完成し(リンク)、現在、63個のCMOSセンサが運用されています。 トモエゴゼン計画の研究グループは2019年3月中旬よりトモエゴゼン(63個のCMOSセンサを搭載)を用いて空の広範囲の動画データの取得を実施しました(図4)。このような広域観測を1年間に100夜程度実施することで、地球接近小惑星、流星、宇宙デブリのような空を高速に移動する天体や、超新星、新星のように突然に増光する天体現象を大量に発見する計画です。
図3. (左)東京大学木曽観測所105cmシュミット望遠鏡の外観 (右)シュミット望遠鏡の焦点面に搭載されたトモエゴゼンカメラ(リンク) 図4. 全天の天球図。中央の白い楕円領域が2019年3月16日深夜に東京大学木曽観測所から見える天域。多数の赤丸が2019年3月16日夜にトモエゴゼンが観測した領域。1つの赤丸がトモエゴゼンが1回に観測できる領域(直径9度)。
トモエゴゼンが発見した地球接近小惑星2019 FA
データ解析
トモエゴゼンは次々に獲得する大量の観測動画データに対し、独自開発した人工知能(AI)技術を基軸とした動画解析システムを用いて空を高速に移動する天体を探索することができます。
地球接近小惑星候補(後の2019 FA)の検出
AI動画解析システムによりデータを探索した結果、空を高速に移動する未カタログの天体の検出に成功しました。以下に発見時の動画データ(図5)と諸情報を示します。トモエゴゼンは2019年3月16日夜の異なる時間に本天体を6回検出しました。結果、おおよその軌道が明らかとなり地球接近小惑星の可能性が濃厚になりました。
静止画へのリンク図5a. 発見時の地球接近小惑星2019 FAの動画データ。0.5秒露光 x12連続フレーム。動画の上が北。9分角x6分角の領域をトリミング。中央付近を左下へ動く微かな白い点が地球接近小惑星2019 FA。周囲の白い点は恒星。
- 発見時の時刻: 2019年3月16日 20時51分29秒 (日本時間)
- 発見時の位置: 赤経 11h 03m 43.2s, 赤緯 +15d 03m 11.7s(しし座の方向)
- 発見時の移動速度: 赤経方向に +2.0秒角/秒, 赤緯方向に -1.0秒角/秒
- 発見時の明るさ: 16等級(可視光)
- 発見者: 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修士課程2年 小島悠人
図5b. 2回目に検出した時の地球接近小惑星2019 FAの動画データ。0.5秒露光 x12連続フレーム。動画の上が北。8分角x6分角の領域をトリミング。中央付近を左下へ動く微かな白い点が地球接近小惑星2019 FA。周囲の白い点は恒星。
- 観測時刻: 2019年3月16日 20時52分13秒 (日本時間)
- 観測時の位置: 赤経 11h 03m 50.3s, 赤緯 +15d 02m 28.8s
- 観測時の移動速度: 赤経方向に +2.5秒角/秒, 赤緯方向に -1.4秒角/秒
図5c. 3回目に検出した時の地球接近小惑星2019 FAの動画データ。0.5秒露光 x12連続フレーム。動画の上が北。8分角x6分角の領域をトリミング。中央下端を左下へ動く微かな白い点が地球接近小惑星2019 FA。周囲の白い点は恒星。
- 観測時刻: 2019年3月17日 01時57分48秒 (日本時間)
- 観測時の位置: 赤経 11h 42m 29.4s, 赤緯 +10d 36m 57.1s
- 観測時の移動速度: 赤経方向に +1.4秒角/秒, 赤緯方向に -0.7秒角/秒
国内外の天文台による追跡観測
トモエゴゼンが検出した地球接近小惑星候補の軌道をより正確に導出するために、国内外の天文台による追跡観測が実施されました。追跡観測を実施した国内の天文台を示します。
- 2019年3月17日04時16分 日本スペースガード協会 美星スペースガードセンター†(岡山県井原市)
- 2019年3月18日00時44分 井狩康一氏(滋賀県守山市) †美星スペースガードセンターはJAXAが管理・運用している施設です
軌道の決定と仮符号の授与
時間が異なる観測点が十分に増えたことによりトモエゴゼンが発見した地球接近小惑星候補の軌道が精度良く求まりました。これに伴い国際天文学連合(IAU)小惑星センター(MPC)より小惑星番号「2019 FA」が与えられました(リンク)‡。導出された軌道要素を以下に示します。軌道計算に関して中野主一氏(IAU天文電報中央局アソシエイツ)に貢献いただきました。
- 近日点通過時:T = 2019年2月10日
- 近日点距離:q = 0.94天文単位
- 周期:p = 1.56年
- 直径:約8メートル(表面アルベド0.1を仮定)
- 発見時の地球からの距離:32万キロメートル(月までの距離の0.84倍)
- 地球最接近の時刻:2019年3月16日01時30分頃
- 地球最接近時の地球からの距離:22万キロメートル(月までの距離の0.58倍)
- 地球接近小惑星2019 FAと地球の位置(NASA/JPL Small-Body Database Browserで作成)
図6a. 最接近時(左)太陽中心、(右)地球中心の拡大図
図6b. 発見時(左)太陽中心、(右)地球中心の拡大図
本成果の意義と今後
今回、トモエゴゼンによる1夜分の広域観測データから1個の地球接近小惑星を発見しました。これは1年に100夜の同様な観測を実施した場合、年間100個の地球接近小惑星を発見できる可能性があることを意味します。現在、10メートルサイズの地球接近小惑星の発見数は世界で年間10件程度です。今後のトモエゴゼンによる広域動画探査により10メートルサイズの発見数が飛躍的に増えることで小惑星や太陽系の形成過程の研究が前進することが期待できます。また、プラネタリー・ディフェンスにおいても危険度の高い天体の早期発見に多大な貢献が期待できます。
クレジット
本サイトの画像を使用する場合は「東京大学木曽観測所」と併記してください。 例)画像提供: 東京大学木曽観測所
- トモエゴゼン計画は以下の研究機関との共同研究です。
東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻、東京大学宇宙線研究所、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構、国立天文台、JAXA、東北大学、日本大学、中央大学、一橋大学、電気通信大学、静岡大学、京都大学、京都産業大学神山天文台、甲南大学、神戸大学、広島大学、統計数理研究所、日本スペースガード協会、日本流星研究会 - トモエゴゼン計画は以下の企業の協力を得ています。
キヤノン株式会社(高感度35mmフルHD CMOSセンサ)、株式会社インタフェース(光通信機器) - トモエゴゼン計画は以下の機関より予算補助を受けています。
日本学術振興会、科学技術振興機構、国立天文台