宇宙の主要4元素の平均組成を反映するパイロキシンガラスを用意し、その 特性を調べた。それらは YSO からのシリケイトスペクトルを説明する有力な 候補と期待されている。パイロキシンガラスの光学定数を 250 nm - 500 μm で決めた。レイリー限界内の粒径を持つ粒子は 9.5, 18.8 μm に幅広の吸収 帯を示した。比較のため、同一組成の結晶サンプルも測った。その細いバンド は 9.4, 10.5, 11.1, 13.7, 15.6, 18.1, 19.5, 26.5, 29.5, 37.5, 49 μm に存在した。それらはハイパーシーンに対応する組成に期待される波長と一致 する。この他に、Fe2+ に起因する弱い結晶場バンドが 1, 2 μm にあった。これが観測で検出出来たら、パイロキシン型グラスとオリビン型から 区別する強力な証拠になる。遠赤外でのガラスの吸収は λ-2 に比例した。 | パイロキシンガラスの 10, 19 μm バンドの中心はトラペジウム、大質量 YSO での観測と一致した。パイロキシンガラスの光学定数でレイリー粒子の 吸収を計算したものは YSO 6個の平均 10 μm プロファイルと一致したが、 トラペジウムとは合わなかった。オリオンで放射帯の巾が広い原因を論じた。 また、以前の結論と異なり、パイロキシンガラスは低質量 YSO (Herbig Ae/Be, T Taus) の放射帯プロファイルと合致しない。これは YSO シリケイトの組成が 質量により変化することを示唆する。 最後に、今回の結果を以前の組成が異な るパイロキシンガラスの結果と較べた。試料を用意する方法が光学定数の決定 に影響することを示す。 |
1.イントロダクションAstronomical Silicateこれまでのところ、一様な "astronomical silicate" Draine, Lee (1984) の一種類で宇宙シリケイトを説明しようとする研究が主流である。 シリケイトの多様性には関心が払われていない。 Gurtler, Henning (1986) は YSO 周囲と AGB 星周囲とでシリケイトの種類が異なることを指摘した。 |
2.未解決な問題(1) 鉱物(mineral)なのか? mineroid ?(2) 形成は一様なのかヘテロなのか? (3) なにが "dirty" にするのか? Jones, Merrill (1976) 提起。 (4) 星間空間での変成作用、温度依存光学定数 |
パイロキシンの構造 パイロキシンは M1M2T2O6 で 表される。ここに M1 は 6-fold coodinated site で Mg2+, Fe2+ が通常占めるが、 Fe, Al, Mn, Ti, Cr イオンが入る場合も ある。M2 は Mg2+, Fe2+, Ca2+, na+, Li+ などが入る。T はテトラヘドラル座位 SOT=Silicon-Oxygen-Tetrahedral を表す。 パイロキシンは SOT のチェインを含むイノシリケイトで、隣り合う テトラヘドラルが二つの酸素原子を共有している。こうして、各 SOT は二つの 非結合性の酸素 (non-bridging oxygen)を有する、つまり NBO = 2 である。 ある。 シリケイトガラスの構造 鉱物シリケイトと逆にシリケイトガラスでは、 SOT が結合酸素で不揃いに 結合している。FeO や MgO のような酸化金属が結合を破壊している。パイロキ シンのように酸化金属の多い場合には、SOT の網目以外にチェイン、リング、 シートのような構造も生み出されているだろう。 Gurtler, Henning (1986) はパイロキシンガラスは YSO シリケイトダストの候補として 有望とした。 |
![]() 表1.パイロキシンガラスの組成 |
混合物の加熱 二種類の組成の素材が用意された、それらは Ca0.03Mg0.52Fe0.45SiO3 と Ca0.03Al0.04Mg0.5Fe0.43SiO3 である。それらは、マグネシウムカーボネイト、フェロオクサレイト、カルシ ウムカーボネイト、シリコンダイオキサイド、アルミナムハイドロキサイド の混合物を混ぜ合わせたものである。 混合物はプラチナ坩堝に入れられ、抵抗加熱で 1873 K までゆっくりと 熱せられた。 クエンチング 溶融物を水につけたが、その時の冷却速度 50 K s-1 は明らかに 遅すぎて、図2のように相分離が起きて、再結晶化が進行していることが分か る。 ![]() 図1.パイロキシンガラスのX線回析 ![]() 図3.KBr かポリエチレン中のパイロキシンガラス粒子の 透過型顕微鏡写真。 |
銅の回転圧延器 溶融物を銅の回転圧延器を通した時には 103 K s-1 の冷却速度が得られ、ガラスができた。 溶射法 混合物をアルゴン雰囲気内のアーク炉で溶かして吹き付ける。 そのスプラット液滴を銅製の高速ピストンで薄片に圧縮する。この 方法だと冷却速度は 106 K s-1 である。出来上がり は大体、厚さ 100 - 130 μm, 直径 2 - 3 cm である。この先、W= 水冷、R=銅ローラー圧延法、S=溶射スプラット法とする。 サンプルスペクトルの差 サンプル毎の赤外スペクトルの差は急冷法の影響が大きい。 分光サンプル調製 (1) エポキシレジンに埋め込んだサンプルは表面を磨き、赤外反射測定、 X線回析、電子顕微鏡観察に使用した。 (2)ボールミルで粉砕。粉末はアセトンに入れて 1 μm 以上の粒子を 分離する。小さい浮遊粒子を回収し、 KBr とポリエチレン中に混ぜ、赤外 透過率測定を行う。粒子径と凝集状態を電子透過型顕微鏡で調べる。図3には、 その一例を示す。 ![]() 図2.上:溶融物を水に浸したサンプルの電子顕微鏡写真。 下:スプラット冷却サンプル。 |
X線回析 粉末サンプルのX線回析を行った。図1はパイロキシンガラス 2R と同じ組 成だが完全な結晶パイロキシン鉱物のX線回析図を比較している。矢印は ハイパーシン標準サンプル ASTM No.34-634 のブラッグ屈折角である。この サンプルは、鉄リッチなパイロキシンで、我々のサンプルと組成が似ている。 従って我々のサンプルは化学的にはハイパーシーンガラスと言える。これは 4.2 節の赤外吸収でも確認される。 |
後方散乱電子線図 急冷が内部構造に及ぼす効果は図2に示されている。上=サンプル 1W, 下がサンプル 1S である。1W には濃い径 1 μm 球形の相が分離して見える。 これは組成差を示す。 2R と 2S サンプルにはこの分離が見えない。EDX 解析 ではこの球は SiO2 リッチな相である。 鉄の酸化 作製中に第1鉄(ferrous)イオンが第2鉄(ferric)イオンに酸化される。検査 の結果 FeO/Fe2O3 比はほぼ1であった。 |
![]() 表2.ブリュースター角から求めた屈折率。 赤外反射 サンプル1とサンプル2の組成差は赤外スペクトルには殆ど影響を与えない。 作製法 W, R, S による差は大きい。まず、Bruker 113v FTIR 分光器により、 波長 1 - 500 μm での 垂直反射スペクトルを得た。そのクラマースクロニッヒ解析から、複素屈折率 m = n + ik を導いた。短波長では k が小さ過ぎ、反射率データから決まら ない。そこで、短波長では k = 0 を仮定して n のみを得た。透過率が高い 波長域では薄片の裏面反射もあり得るが無視した。それは裏面ではサンプルと 基盤レジンの屈折率の値が近いからである。 可視分光エリプソメトリー 0.2 - 0.9 μm での n は分光エリプソメトリー SOPRA ES4G により決定される。ここでも k は小さすぎて決まらない。可視 3 波長で、 ブリュースター角測定から n を決めた。表2の結果はエリソメトリーから の結果を支持する。 透過率 サンプル 1S の 0.4 - 8.0 μm 透過率を測定した。サンプル厚みの不定 性、散乱光によるロスなどから k 測定値の相対エラーは 20 % になる。 他のサンプルに対しては薄くて一様厚みのサンプルが用意できなかった。 |
![]() 図5.ガラス作成副産物の結晶パイロキシンサンプルとサンプル 1S の 光学定数の比較。 図4=サンプル 1S, 2R, 2S 光学定数 図4にはサンプル 1W, 2R, 1W から得られた光学定数 n と k を示す。 屈折率 n は短波長側ではほぼ一定値 n = 1.5 を取り、一方サブミリ領域では n = 2.6 に接近する。可視、 UV 域では k は非常に小さく 10-3 程度である。λ = 1, 2 μm 付近の巾の大きなバンドは Fe2+ による。 表3= サンプル 1S データ 表3はサンプル 1S データを示す。透明な領域での k の相対エラーは大きい。 UV-Vis-NIR での n は色々な反射法で決められており、精度は高い。λ > 7 μm のクラマースクロニッヒ解析は ±5% くらい。 図5=非晶サンプルと結晶サンプルの比較 図5ではサンプル 1S の光学定数を同一組成の結晶鉱物と較べた。 図を見ると非晶サンプルにおける平滑化が明瞭である。 |
試料の準備 透過率測定のため磨り潰されたサンプル 2R を KBr 及びポリエチレン円盤に 埋め込んだ。量は大体 0.3 mg cm-2 程度である。 透過率曲線 図6には透過率測定結果をレイリーリミット仮定でのモデル透過率と較べた。 両者の一致は非常に良い。これはモデルの仮定が十分役に立つことを示す。 この仮定が良いことは図3の電子顕微鏡写真で粒子が孤立しており、形が 球形に近いことからも支持される。 |
![]() 図6.サンプル 2R 粒子の透過率スペクトル。250 - 1500 cm-1 では KBr, ≤ 650 cm-1 ではポリエチレンに埋め込まれた。 実線=透過率測定。破線=反射率から得た n, k を使ったモデル透過率曲線 |
若い天体とパイロキシン 若い天体に対し、 Gurtler,Henning (1986), Jones, Williams 1987, Dorschner et al. (1988), Gurtler et al 1993 などにより、パイロキシン的なガラスが提案された。 9.7 μm ? Dorschner et al. 1994 は Cohen 1980 の観測から導かれた 10 μm バンドの中心波長 9.7 μm は観測データ中の大きなエラーバーの 付いた一点に過剰な重みが掛かった結果であることを明らかにした。 このデータを抜くと、バンド平均値は 10.0 μm になる。その上、 Cohen 1980 では連続光成分を 4.8, 8, 13 μm フラックスを直線で 内挿しているので、シリケイト吸収係数がそこでゼロとなってしまう。 パイロキシン? Dorschner et al 1994 はオリオン型星の LRS スペクトルからシリケイト 吸光係数を導いた。その新たな結果は、ハ―ビッグ Ae/Be 星と T Tau 星 のピーク位置が以前考えられていた 9.5 - 9.7 μm ( Dorschner et al. (1988) ) でなく、 10.0 μm であることを示した。ただし、ピーク巾はやはり Cohen の平均プロファイルと変わらない。パイロキシンでこのピーク波長に するには、 図8に見るように半径 1 μm を越す必要がある。しかし、 その場合 19 μm プロファイルが合わない。しかし、若い天体の特に 20 μm データの解析は難しい。 大質量 YSO 大質量 YSO では 10 μm 帯は吸収として見える。モデルは複雑になるが 吸収帯の形はモデルの詳細にあまり依らない。ピーク位置は 9.5 μm 付近にあり、パイロキシンモデルが適合する。 パイロキシンデータとの比較 図7には Willner et al 1982 による AFGL 2591, AFGL 2884, NGC 7538 IRS1, IRS9, NGC 2170 IRS4, W3 IRS5 の 10 μm プロファイルを示す。 図7の結果によると、パイロキシンガラスは大質量 YSO とオリオン星雲との 一致がよいが、ハ―ビッグ Ae/Be と T Tau 星とは合わない。特に、 代質量 YSO とは全波長で良く合う。レイリー粒子のみでは幅が狭く、幾分 大きな粒子成分が幅を広げるために必要である。 |
![]() 図7.丸=YSO のシリケイトスペクトル。実線=表3の光学定数に基づくレイ リー近似での減光計算。一点破線= Bohren, Huffman 1983 による楕円率の 連続分布 CGE モデルによる計算。上=トラペジウム。中=大質量 YSO の平均。 下=ハ―ビッグ Ae/Be 星の平均。 |
![]() 図8.パイロキシンガラス粒子のサイズ効果。 オリオンの広い巾 図8は、グレイン半径がバンドプロファイルに及ぼす影響を示す。 図7はオリオンの 10 μm 帯の巾が他の若い天体で観測されるより広いことを 示す。想定するダスト温度によるが、 FWHM = 3.0 - 3.5 mu;m である。 これは YSO での一般値を少なくとも 0.5 μm 上回る。その原因として、 サイズ、組成、ポラシティ、照射などが言われている。Ossenkopf 1991 は 有効媒質計算から鉄、炭素等の混入の影響を評価した。 |
![]() 図9.実線=表3の光学定数を用いたレイリー粒子の FIR 吸収効率。 破線=Draine 1985 モデルの結果。一点鎖線= Ossenkopf et al. (1992) の酸素欠乏シリケイトモデル。二点鎖線= Ossenkopf et al. (1992) の酸素過多シリケイトモデル。 FIR 吸収 他のモデルと一致して FIR では吸収係数 ∝ λ-2 で落ちる。 |
これまでの実験との比較 これまでに、地上鉱物のアーク溶融法で様々がガラスが作られた。それらの 光学定数はまだ発表されていない。Gurtler et al 1993 にはそれらの特性が 示されている。図10には古い資料と今回のサンプルとのバンドプロファイル を比較した。一般に、粒子透過率から決めた光学定数で反射率を計算すると、 バルク物質の反射率測定値より低くなる。 |
![]() 図10.レイリー球粒子とCDE粒子の吸収係数。光学定数は表3を使用。 比較はこれまでに得られた様々なシリケイトガラス。 |
光学定数 パイロキシンガラスの光学定数を 0.25 - 500 μm で定めた。 同じ組成の結晶パイロキシンには 9.14, 10.5, 11.1, 13.7, 15.6, 18.1, 19.5, 26.5, 29.5, 37.5, 49 μm に振動バンドがある。 大質量 YSO パイロキシンガラスの吸収係数は大質量 YSO の 10 μm スペクトルと良 く合う。それらの 20 μm データの質が低いのでこの波長域の良い観測 が必要である。オリオンの 10 μm スペクトルは幅が広くフィットしない。 我々はそれが O-型星の強い紫外光によるダスト物質の変成が影響していると 考える。 |
ハ―ビッグ Ae/Be, T Tau 星 ハ―ビッグ Ae/Be, T Tau 星の 10 μm プロファイルはパイロキシンガラス とは合わない。これらの中心波長は 10.0 μm にあり、パイロキシンの 中心波長より長いからである。 |