星間空間におけるダスト散乱と減光の性質は星間ダストの大きさと組成に対し 重要な情報を含んでいる。紫外、可視星間減光は良く研究され、様々な種類の ダスト混合モデルでよく合わせられている。しかし、赤外減光の性質はそれほど よく理解されていない。特に中間赤外 3 - 8 μm 帯で減光曲線が平坦になる 減少は、 Mathis-Rumpl-Nordsieck (MRN) の標準モデルと一致しない。我々は この平坦部を再現するために、非晶質シリケイト、グラファイト、非晶質炭素、 鉄の様々なサイズのダストの混成を調べた。 | マイクロンサイズの非晶質炭素が 100万水素原子当たり 60 炭素原子を使う くらい (C/H = 60 ppm) にあれば、平坦赤外減光が説明できる。紫外ー可視ー 近赤外の減光曲線は Si/H = 34 ppm. C/H = 292 ppm を使うシリケイトーグラ ファイトモデルで説明可能である。 UV から MIR までの減光曲線はミクロン以下のサイズの非晶質シリケイトと グラファイト、ミクロンサイズの非晶質炭素の混成で説明できる。ただし、 このダストは C/H = 352 ppm となり、星間空間で得られる炭素量を越えている。 |
MRN モデル Mathis, Rumpl, Nordsieck 1977 モデルはシリケイトとグラファイトグレイン から成り。そのサイズ分布は a = グレイン半径として、dn/da ∝ a -α (a = [5nm, 250nm] である。彼らはα ∼ 3.5 とした。 Draine モデル Draine, Lee 1984 は MRN モデルを発展させ、「天文シリケイト」の性質を 広範に論じた。それはさらに、 Weingartner, Draine 2001 (WD01), Li, Draine 2001 で 未同定放射帯=UIE, 3.3, 6.2, 7.7, 8.6, 11.3 μm, を放射するPAH を 含むようになった。 赤外減光 ISO, Spitzer, 2MASS などの観測により赤外減光の効果が調べられるようになった。 最近の発展については Wang et al 2013 に述べられている。 Weingartner, Draine 2001 (WD01) 、MRN モデルでは波長 1 - 7 μm に掛けて べき乗で減光が低下していく。その先では 9.7 μm 吸収帯のウィングにより 上昇に転じる。 Rieke, Lebofsky 1985 Rieke, Lebofsky 1985 は 1 - 13 μm の減光を ο Sco, ρ Oph 闇黒雲の端に位置する A5II 星 Av = 2.92 mag, と銀河中心周辺の多数の星に対して測定した。 彼らは λ = [1, 7] μm で Aλ ∝ λ -1.62 とした。 Draine 1989 Draine 1989 は星間雲、分子雲、 HIIR での赤外減光を集めて、 λ = [1, 7] μm で Aλ ∝ λ -1.75 とした。 Bertoldi et al 1999, Rosenthal et al 2000 Bertoldi et al 1999, Rosenthal et al 2000 は、オリオン分子雲で λ = [2, 7] μm で Aλ ∝ λ -1.7 とした。 Lutz 1996 Lutz et al. 1996 は Sgr A* の減光 [2.5, 9] μm を水素再結合線を用いて測定した。彼ら は [3, 9] μm で減光が平坦になることを見出した。この結果は Lutz 1999, 西山その他 2009, Fritz et al 2011 により確認された。 Indebetouw et al 2005 Indebetouw et al 2005 は 2MASS + GLIMPSE データから l = 42(静謐), 284(星形成域 RCW49 を含む) の2方向で [1.25, 8] μm 減光を求めた。環境の差に関わらず減光則は 一致した。共に 3 - 8 μm で平坦であった。 Jiang et al 2006 Jiang et al 2006 は ISOGAL, DENIS, 2MASS データを用いて内側銀河系 120 視線方向に対して 7, 15 μm の減光を求めた。彼らは RGB 先端星と 早期 AGB 星を使用し、減光量が MRN, WD01 の予言を大幅に上回ることを 見出した。 |
![]() 図1.様々な領域における赤外減光の比較。赤破線= MRN モデル。黒実線= WD01 モデルで Rv = 3.1。このモデルの 6.2 μm コブは PAH による C-C 伸縮振動の吸収である。 Flaherty et al 2007 Flaherty et al 2007 は Spitzer/IRAC バンドでの近傍星形成領域 5個の観測を使い、中間赤外減光を求めた。彼らは 4 - 8 μm での減光が Indebetouw et al 2005 よりもさらに平坦であることを見出した。 Gao et al 2009 Gao et al 2009 は 2MASS と GLIMPSE を使い、|l| < 65 の GLIMPSE 131 区画での IRAC 4バンド減光を求めた。赤色巨星とレッドクランプ星を トレーサーとして、彼らは平均減光曲線が IRAC バンドで平坦であることを 見出した。 Wang et al 2013 Wang et al 2013 は石炭袋の5か所で IRAC 4バンドの減光を求めた。 全ての箇所で減光曲線は平坦だった。 中間赤外減光曲線の形は普遍的か? 上述の観測は減光曲線が平坦になるのは普遍的であることを示す。ただし、 これは必ずしも減光曲線が同一であることまでは意味しない。 Chapman et al 2009, McClure 2009, Cambresy et al 2011 は中間赤外減光曲線の形が減光 強度に依存するとした。しかし、 Roman-Zuniga et al 2007, Ascenso et al 2013 はそのような証拠はないとした。 平坦減光の原因 銀河系とマゼラン雲において平坦減光の観測例はますます増えている(Gao et al 2013a) がその原因は不明である。この論文では、そのモデル化を 試みる。 |
平坦減光は大きなダストを要求する? 右図を見ると、 Weingartner, Draine 2001 (WD01), と Dwek 2004 のモデルのみが平坦中間赤外減光の再現に 成功している。WD01 は非晶質シリケイトと炭素質ダストの二種類を用い、DW01 は 0.125 - 2.86 μm 減光曲線を様々な Rv に対してフィットした。 Draine 2003 は Rv = 5.5 の WD01 モデルを λ = 30 μm まで拡張した。Rv = 5.5 モデルが Lutz et al. 1996 の観測した銀河系中心方向の平坦減光を上手く再現しているのは驚きであるが、 WD 01 Rv = 3.1 モデルがそれに失敗していることから、平坦減光は大きな粒径の ダストが必要であることを物語る。 Rv = 5,5 または 金属針? 一般的には濃い星間領域ほど UV 減光の平坦度は強くなり、 Rv は大きくなる。 これは、グレイン同士の合体による大きさの増加による(Draine 2011) と考えられる。 しかし、中間赤外の平坦減光は濃い領域のみに限られず、銀河系の様々な環境下で観測 される。その中には希薄星間雲も含まれる( Zasowski et al.1996 )。 Rv = 5.5 はもっと濃い領域に適している。 Dwek 2004 は中間赤外の平坦には針状の金属ダストが関与していると考えた。図2に示す ように、彼は R = 3.1 のシリケイトとグラファイトの混合モデル(Zubko et al 2004) に l/a = 600, 針/水素 = 5 10-6 の金属針を加えると、 平坦減光を生み出せることを見出した。ただしその存在はまだ確かではない。 Gao et al 2013b Gao et al 2013b も Fritz et al 2011 が銀河系中心方向で得た 1 - 19 μm 減光曲線 をフィットした。しかし、彼らのモデルは比較的急な 1 - 3 μm 減光と 3 - 8 μm 平坦減光を同時に生み出すことに失敗した。 かれらは、希薄領域のダストは Rv が小さく、NIR 勾配が急で、濃密領域 のダストは Rv 大で平坦紫外減光を生み出すと主張した。 |
![]() 図2.銀河系内様々な星間領域での赤外減光をモデルと比較。 黒実線= Rv = 5.5 の WD01 モデル。赤一点鎖線= Dwek et al 2004 の鉄の針モデル。緑破線= Zukko et al 2004 のシリケイト・ グラファイトモデル。青破線=鉄の針モデル。 |
非晶質シリケイト+グラファイト 非晶質シリケイト+グラファイトの混合モデルを考える。光学定数は Draine, Lee 1984 を採用した。中間赤外の平坦減光は希薄星間雲でも濃密分子雲でも共に現れる ので、 Rv = 3.1, 4.0, 5.5 のケースを考える。 グレイン半径 a の分布 amin = 半径下限値, amax = 半径上限値とし、 aC = カットオフサイズとする時、 dn/da = ∝ a-αexp(-a/ac) (amin < a < amax) MRN では amin = 50 A であったが、Rv = 4.0, 5.5 に対しては amin = 25 A の方が適当であった。また、amax = 2.5 μm とした。 パラメタ― モデルのパラメタ―は次の5つである: (1)αS (2)ac,S (3)αC (4)ac,C (5)fC2S |
減光強度の基本式 水素核柱数密度当たりの減光強度は、 ![]() ![]() ![]() (上式の次元、特に(3)がおかしいような気がするが、 ストレートな減光の式を少し変形しただけらしいので今はスルーする。) |
Rv = 3.1 紫外・可視・近赤外減光 図3に希薄星間雲の Rv = 3.1 紫外・可視・近赤外減光曲線をシリケイトと グラファイトの足し算でフィットした結果を示す。表1にそのパラメタ―を 載せた。シリケイトとグラファイトのサイズ分布は同じ、αS = αC, ac,S = ac,C, と仮定した。 ダスト内に含まれる重元素の量は以下の式で示される: [X/H] = (4π/3)(ρX/μH)(NX /μX) ∫aminamaxN'Xa3-αX exp(-a/ac,X)da ここに、N'X = 元素 X を含むダスト種の柱数密度である。 Si と C を考えると、シリケイト MgFeSiO4 を考えて、 μC = 12, NC = 1 μSi = 172, NSi = 1 である。フィット曲線から 要求されるダスト内元素組成量は、[C/H]dust = 292 ppm, [Si/H]dust = [Mg/H]dust = [Fe/H]dust = 34 ppm である。 星間元素組成 Si の星間組成 [Si/H]ISM は不明である。よく太陽組成を星間組成 に用いるが、ヘリウムや他の重元素は太陽表面から沈降して、現在は見かけ上低 くなっている可能性がある。一方、星間組成は B 型星や若い F, G 型星の組成に 近いという見方もあるが、それらは太陽値の 60 - 70 % の低い値である。しかし、 それほど低いとダスト内の X 元素組成をまかなえない。最近の VLT 観測では B 型星で太陽に近い値が出ている。 第3のダスト成分の検討 図3モデルは 3 - 8 μm 平坦減光を再現できていない。一般的にはダスト はその大きさと波長が同程度の時に最も効率的に散乱吸収を行う。従って、平 坦部減光の担い手てして有望なのはマイクロンサイズのダストである。そこで、 a = 0.5 - 3.5 μm のダストを調べた。 |
![]() 図3.希薄星間雲における Rv = 3.1 可視・紫外減光曲線(赤実線)を非晶質 シリケイト(緑破線)とグラファイト(青破線)の足し算(黒実線)でフィット。 |
4(a) 非晶質炭素。a = 1.5 μm 4(a) の非晶質炭素、a = 1.5 μm は観測に良く合う。このダストは UV - NIR で「灰色」で 天体シリケイト+グラファイトの単純モデルによるフィット をそこで乱すことはない。C/H = 60 ppm である。 4(b) グラファイト。a = 1.5 μm 4(b) グラファイト。a = 1.5 μm も平坦部を再現するが、 C/H = 92 ppm である。 炭素組成の余裕はあまりないので、非晶質炭素よりグラファイトの方がよいとも言える。 |
4(c) 4(c) 天体シリケイト a = 3 μm 4(c) 天体シリケイト a = 3 μm は平坦部の再現に失敗した。ベストフィット は a = 3 μm だが、それでも λ = 8 μm に窪みができる。この窪みは λ = 9.7 μm Si - O 伸縮振動が λ = 8 μm から始まるためである。 このモデルが要求する Si/H = 21,000 という巨大な値もモデルを非現実的としている。 4(d) 鉄 a = 1.5 μm 4(d) 鉄 a = 1.5 μm モデルもフィットはよいが、 Fe/H = 116 ppm で星間組成 Fe/H = 27.5 ppm を大幅に上回る。 |
Rv = 4.0 ここでは、シリケイトと炭素ダストのサイズ分布は同じと仮定した。 a = 1.6 μm 非晶質炭素と a = 1.5 μm グラファイトはどちらも 平坦中間赤外減光を再現する。非晶質炭素の必要量は C/H = 72 ppm で、 グラファイトの 92 ppm より小さいのでこちらが推奨される。 Rv = 5.5 この場合、シリケイトとグラファイトのサイズ分布を同じにすると、UV - 可視 - 赤外の減光曲線を合わせることが出来ない。そこで、図6では ac,S = ac,C とはするが、サイズ分布勾配 α は異なる値を採用してベストフィット表1を求めた。非晶質炭素の方がグラ ファイトに較べ必要量が少ないことは変わらない。 |
マイクロンサイズダストの成因 マイクロンサイズダストの成因は確定していない。しかし、それらの実在を示唆 する証拠が幾つかある。 (1)Ulysses, Galileo 実験では m > 10-12 g 粒子のかなりの フラックスを検出した。これはシリケイトで a > 0.4 μm, グラファイトで a > 0.5 μm に相当する。 (2)Taylor et al 1996 によると、太陽に対し双曲線軌道で地球大気に飛び込んできた 粒子の半径が a = 30 μm とレーダー観測から見積もられた。 |
中間赤外の平坦減光は MRN ダストサイズ分布では再現困難である。そこで我々は マイクロンサイズの非晶質炭素を加えると上手く再現に成功することを示した。 | 最終ダストモデルは、サブミクロンシリケイト+サブミクロングラファイト+ ミクロン非晶質炭素という構成になる。難点は C/H = 352 ppm が要求されることで、 星間組成を上回ってしまう。 |