銀河中心のガスの大部分は円軌道に沿って動いており、それが中心核リング =GCR を作っている。Sgr A や Sgr B のような分子雲複合がそれにあたる。 ガスは濃く、暖かで、様々な分子種に富んでいる。分子雲のこのような性質の 原因は衝撃波、特に銀河系の大規模構造力学に基づくそれと考えられる。それ に加え、高度な非円周軌道で動く雲が低密度分子遷移 CO(1-0) で検出されて いる。非円周軌道雲の物理状態は不明である。 | CO(1-0) の (l, v) データから、非円周軌道雲のサンプルを抜き出した。 それらの CS(2-1), SiO(2-1) 観測を行い、濃い雲と衝撃波の性質を調べた。 非円周軌道雲の全てから CS, SiO 放射を検出した。SiO の密度と組成は GCR 雲と同様であった。したがって、これら全ての運動学的に選び出した 雲は潮汐力に抗している。しかし、GCR の外側では星形成の証拠はない。 バー主軸に沿って存在すると予想されるダストレーンにおける大きな相対 速度とズレ応力が星形成過程を妨げているのかも知れない。非円周雲に おける高い SiO 組成はダストレーンを形成する大規模衝撃波に起因する のかも知れない。 |
円周運動分子雲複合 l = 1.3 複合: l = [1.6, 1.2] の巨大分子雲複合。 Sgr D : l = 1 Sgr B : l = 0.7 Sgr A : l = 0 Sgr C : l = -0.5 図1に示すように (l, v) 図上で Sgr A - D は原点を通る直線状に並んでいて、 ほぼ円周回転のリング = GCR の上に並んでいると考えられる。図2中央のドー ナツがそれである。祖父江 1995 はこのリングは二つの腕からなるというモデルを 提案した。 非円周分子雲 クランプ2、結合腕、さらに図1で J, K, L, M, N. O, P と名付けた構造は 非円周運動雲と考えられる。これらは、 Fux (1999), Binney et al. (1991) が述べているように、バーポテンシャルに反応したガスの運動と考えると 理解可能である。 x1, x2軌道 Contopoulos, Papayannopoulos 1980 はバーポテンシャル中の閉じた軌道が バーの主軸に伸びた x1 と、短軸方向に伸びた x2 の 軌道族に分かれることを示した。これは ILR が存在する場合である。シミュ レーションの結果は中心部のガスがほぼ円形の x2 軌道に沿って 運動して中心核リング GCR を形成することを示した。より遠方 ILR を越えた 距離ではガスの運動は x1 軌道に従いバー主軸に沿って動く。 実際にはガス雲は衝突の結果低エネルギー軌道へと移って行く。特に、 x1 軌道から x2 軌道へ遷移する領域では衝突が頻繁で、 散乱、または噴霧されたガス雲が x1 軌道にそって動いていく。 噴霧ガスはバー主軸の反対側にあるガスと衝突して、分子雲成分に衝撃波を 引き起こし、特徴的なダストレーンを作り出す。 (この部分のイメージが作れない。 ) ダストレーンは銀河ではバーの先行縁側に観測されている。エネルギーを 失って、ダストレーンのガスは螺旋状に中心核リングへと落ちていく。 Fux (1999) の図20を見よ。 |
![]() 図1.銀河中心数度領域の (l, v) 図に現れた構造。ラベル A - D は Sgr A - Sgr D を示す。他の説明は本文。 |
ダストレーン構造 Fux (1999) は結合腕 (Connecting Arm) を太陽に近い側のバーに付随するダストレーンで あるとした。図1で 構造 K は l = 3 で結合腕に繋がっているように見える。 この構造は細長い軌道の制動部分に連なる雲群であろう。これは x1 と x2 軌道との相互作用領域を第1回目に通過 するが、中心核リングには落下しないガス雲である。 構造 J は結合腕とほぼ 重なる角度を持つ。これは小さなダストレーンかも知れないが、結合腕や 構造 K と異なり、中心核リングの l = 1.3 複合と容易に相互作用する。 このように l = 1.3 複合はダストレーンと中心核リングとの接触点であるらしい。 この解釈は Huttemeister et al 1998, Fux (1999) が提出した。 l = 5 クランプとクランプ2とはダストレーン衝撃波に丁度突入するところの 雲である。 l < 0 の (l, v) 図は解釈が難しい l < 0 の (l, v) 図は解釈が難しい。展望効果で遠い側のダストレーン は視線方向に伸びている。そのため、それは(l, v) 面上では、中心核リングの 際付近に立つ l = 一定の垂直構造として見えることになる。 Fux (1999) の図23を見よ。複合 L, P, N は実際ダストレーン衝撃波に属しているのかも 知れない。構造 M はこの遠い側ダストレーンと中心核リングの相互作用により 噴霧されたガス流であろう。 銀河系中心の中性ガスの物理条件 銀河系中心の中性ガスの物理条件は高密度追跡ガス CS, HCN, NH3, H2, CO の観測から調べられた。これらの研究から、中心核リングと l = 1.3 複合の雲は、濃く 104 cm-3、暖かい 150 K、 であることが判る。それに加え、中心核リングの雲からは SiO, SO, CH3OH, C2H5OH のラインが検出された。これらのラインは衝撃波 の良い追跡分子である。通常、中心核リング、 l = 1.3 複合、クランプ2、に おける豊富な分子組成と高い温度を説明するには、衝撃波は通常のメカニズム である。衝撃波の原因はウォルフライエ星風や雲・雲衝突と考えられている。 非円周雲の物理条件 中心核リング、 l = 1.3 複合に較べると、非円周雲の物理条件は殆ど分か っていない。Oka et al 1998, Sawada et al 2001 は CO(2-1) と CO(1-0) ラインの観測からライン強度比がほぼ1で一定であることを見出した。(l, v) 図 右上の雲の SiO, NH3, H2 観測によるとこれらの密度、 温度は中心核リングの雲と似ているらしい。 この論文では主に非円周雲の CS, SiO 観測を実施する。それらのラインは 濃いガスの追跡分子である。さらに SiO は衝撃波の追跡子でもある。 |
![]() 図2.銀河中心領域を上から見た想像図。 |
![]() 図4.灰色等高線=異なる銀緯帯における CO(1-0) (l, v) 図。Bally et al 1987 より。 この論文で議論する運動学的構造にラベル付けした。青三角+バー=検出された CS のピーク 速度とその FWHM. 黒点+バー= CS と SiO が検出されたソースのピーク速度と FWHM. |
![]() 図5.b = [-0.3, 0.3] CO(1-0) の (l, v) 図。Bally et al 1987 より。 赤三角+バー= l = [1.18, -0.55] における電波再結合線 (Pauls, Mezger 1975) のピーク速度とその FWHM. 青四角+バー= l> 1.18 と l < -0.55 における電波再結合線 (Paladini 2003) のピーク速度とその FWHM. |
3.結果観測結果図3には CS, SiO スペクトルを、表2にはライン速度、巾、強度を載せた。 結果は図4の分布図にも示す。 CS ライン CS ラインは銀河系中心の (l, v) 構造の全ての点で検出された。大きなラ イン巾 8 - 64 km/s は銀河系中心雲に特徴的な値である。 CS 強度 は l = 1.3 複合、クランプ2、中心核リング雲では 0.5 - 1.5 K と 強く、K, M, R のように (l, v) 図の上部と下部縁にある弱い構造では 0.1 - 0.3 K である。Fux 1999 は l = 1.7 で構造 K から垂れる垂直構造を 細長い軌道から中心核リングへの質量輸送と解釈したが、この構造の CS も 同じく弱い。(l, v) 図の右縁にある構造 L, P, N および J 中の雲は中間の CS 強度 0.2 - 0.6 K である。これらの観測から、Bally et al 1987 が 中心核リングと l = 1.3 複合に見出した CS 放射濃密雲は CO (l, v) 図上の 運動学的構造全てで見出されることが判った。 SiO(2-1) ライン l = 1.3 複合とクランプ2の雲全てからは SiO(2-1) が検出された。 SiO/CS = 0.3 - 0.6 K である。構造 K の二つの雲から SiO が検出された。 その一つは l = 1.4 の CO 極大位置にあり、もう一つは l = 1.7 から 垂れさがる構造である。 SiO/CS 比は 0.14 と 0.5 である。SiO は 成分 M と P, N からも検出された。SiO が検出されなかった雲は大部分が CS 強度 0.1 K であった。 |
4.ガス密度と安定性SiO/H2観測結果をごちゃごちゃやると、SiO が検出された雲では、 SiO/H2 ≈ (0.5 - 8)×10-9 となる。この値は一般には星形成に伴う衝撃波領域に典型的である。 このように SiO 組成が高い原因として二つの可能性が考えられる。 仮説1 銀河系の大規模ガス運動の結果生じた衝撃波、例えば x1 と x2 軌道の相互作用で、グレイがスパッタリングを受けたと考え ると、l = 1.3 複合の高い SiO は説明可能である。 仮説2 強い X-線源の近くでグレインが破壊されるという説もある。 ダストレーンでの高い SiO 存在比 銀河中心付近は高エネルギー現象が活発で、高い SiO の原因を1つに絞る ことが難しい。一方、ダストレーンには星形成活動のサインが存在しないが、 SiO 組成は銀河中心雲と同じくらい高い。これはダストレーンで発生する 衝撃波に起因するのではないか。 |
銀河中心付近の運動学的構造、バーに沿ったダストレーンのような非円周 軌道雲も含め、の全てに濃いガスが存在することを見出した。それらのガス 密度は雲の安定性のための臨界密度を上回る。しかし、中心核リングの雲を 除くと、星形成の兆候はない。大きな相対速度とせん断応力が星形成を禁止 しているのだろう。これは NGC5383 や NGC1530 のような銀河系と同様の バーをもつ銀河のダストレーンに星形成がないことを説明するために唱えられた 説である。 | ダストレーンと非円周軌道雲で衝撃波化学種の一つ SiO の組成が高いことは この仮説を裏付ける。分子化学のより多くの観測を正面型の棒銀河で行うことは 重要である。 |